パターン、Wiki、XP - 第1部:建築
概要
3月の課題図書は江渡浩一郎さんの『パターン、Wiki、XP : 時を超えた創造の原則』です.
パターン、Wiki、XP ~時を超えた創造の原則 (WEB+DB PRESS plusシリーズ)
- 作者: 江渡浩一郎
- 出版社/メーカー: 技術評論社
- 発売日: 2009/07/10
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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この本は,今から1年半ほど前に出版されたものですが,先月の『検索と発見のためのデザイン』(原題は『Search Patterns』)に続けて読むのが良いだろうということでセレクトしました.幸いにして全員未読.←それがそもそもどうなんだw
構成
本書は3部構成になっていて,そのうち僕は序章 + 第1部を担当します.
- 第1部:建築
- 第1章:クリストファー・アレグザンダーによる美の原理の追求
- 第2章:アレグザンダーの6つの原理
- 第3章:パターンランゲージ
- 第4章:時を超えた建設の道
- 第5章:パターンランゲージによる建築の実際
- 第6章:アレグザンダーの現在
- 第2部:ソフトウェア開発
- 第3部:Wiki
本書のおおまかなストーリーは序章「パターン,Wiki,XPの起源へ」から伺えます.
2002年に職場での情報共有にWikiが導入され,その使いやすさと柔軟さに驚いた江渡さんはqwikWebという独自Wikiを開発するに至ります.その過程でWikiの定義・起源を追いかけていくようになり,最終的にクリストファー・アレグザンダーという建築家にまで辿り着きました.すなわち,
- 1960〜70年ごろ,クリストファー・アレグザンダーがパターンランゲージというアイディアを生み出した.
- 1987年,ウォード・カニンガムというプログラマがパターンをソフトウェア開発に活用しようとした.パターンを記述するためにHyperCardでパターンブラウザを開発.
- 1995年,彼はWikiWikiWebというweb版パターンブラウザを開発した.これが現在のWikiの原型である.
という系譜だったのです.このパターン→XP→Wikiという流れで本書は進められていきます.
引用・メモ
括弧内は引用です.
1章:クリストファー・アレグザンダーによる美の原理の追求
- 1936年生まれ
- ケンブリッジ大学の数学科→建築学科
- 「「何がものを美しくするのか」という原理」の追求
- 美しさ=顔の造作の美しさではなく「笑み」のような快の感情につながるもの
- ケンブリッジに不満があり,ハーバード大学の大学院へ
- Christopher Alexander, Marvin L. Manheim, "The Use of Diagrams in Highway Route Location", Civil Engineering Systems Laborartory Publication, 161, MIT, 1962
- 博士論文「形の合成に関するノート」
- 1963年:カリフォルニア大学バークレー校の教授に
- 1964年:ベイエリア高速鉄道のプロジェクト
- ツリー構造は大切な関係性をそぎ落としてしまうという限界に気づく
- 1965年:「都市はツリーではない」
2章:アレグザンダーの6つの原理
3章:パターンランゲージ
4章:時を超えた建設の道
- 『時を超えた建設の道』(1979年)のなかで無名の質 (Quality Without A Name, QWAN)という概念を提出
- 自然都市が備えているような質?
- 賛否両論
まとめ
第1部では50年ほど時間を遡って,クリストファー・アレグザンダーの思想の系譜を追っていきます.
当初は数学的なトップダウンアプローチを取っていたアレグザンダーが,その限界に気づいてしだいにボトムアップアプローチを取るようになる.そのアプローチの根底にあるのがパターンという概念です.
第3章の冒頭で,パターンは「建設環境に繰り返し現れる課題を解決に導く具体的な方策を記述したもの」(p.33)と説明されていますが,そう言われても分かったような分からないような…….続いて挙げられている例を読んでみてもいまいち.最初は,パターンというのはベストプラクティス的な事例集というか,このパターンを組み合わせていくと何か良いものができあがるパーツみたいなものなのかなという印象を受けました.
ただ,どうもそうではないようで,
- 「レゴブロックを組み合わせて建築を作り上げるように,それぞれのパターンに適する実体があって,それを単につなぎ合わせるようなイメージを生じさせます」(p.45)が,それは彼の思想の正反対
- 「単なる部品集でも事例集でもなく,利用者と建築家をつなぐためのさまざまな工夫の集積」「利用者と建築家をつなぐ共通言語」(p.46)
- 「利用者の参加によって利用者と建築に関わる専門家とが合意形成し,有機的秩序に基づく建築を設計するために考え出された手法」(p.53)
などと解説されています.うーん.
どうもパターンという概念それだけに注目するのではなく,第2章で引用される「6つの原理」*1も合わせて眺めてみるとその意義が理解できるような気がしました.
- 有機的秩序の原理 (The principle of organic order):計画や施工は,全体を個別的な行為から叙々に生み出してゆくようなプロセスによって導かれること.
- 参加の原理 (The principle of participation):建設内容や建設方法に関するすべての決定は利用者の手に委ねること.
- 漸進的成長の原理 (The principle of piecemeal growth):各予算年度に企画される建設は,小規模なプロジェクトに特に重点を置くこと.
- パターンの原理 (The principle of patterns):すべての設計と建設は,正式に採択されたパターンと呼ばれる計画原理の集合によって指導されること.
- 診断の原理 (The principle of diagnosis):コミュニティ全体の健康状態は,コミュニティの変遷のどの時点でも,どのスペースが生かされ,どのスペースが生かされていないか,を詳しく説明する定期的な診断に基づいて保護されること.
- 調整の原理 (The principle of coordination):最後に,全体における有機的秩序の緩やかな生成は,利用者の推進する個々のプロジェクトの流れに制御を施す財政的処置によって確実なものとされること.
なるほど.ステークホルダーの共通言語としてのパターン.それをベースにして
- ユーザ参加型
- ボトムアップ
- 生成的なプロセス
- 定期的レビュー
といったアプローチでデザインしていくこと,デザインしつづけていくこと,これがアレグザンダーの思想なんだろう.そう考えればパターンを記述するフォーマットなんて(そのコンテキスト内で一定であれば)なんでもいいんだろうと思えてきました.
いずれにせよ,パターンというアイディアはそれが生まれた建築の世界ではぱっとした結果を残せなかったという印象を受けました.第2部以降ではパターンランゲージがソフトウェア開発の世界で花開くという話に続いていきます…….